オートファジーから拡がる膜界面生物学

領域概要

研究概要

我々人間の体は約6割を占める水を除くと、主にタンパク質と脂質から出来ており、これらが生命の基本単位である細胞を構築しています。タンパク質は直接遺伝子により設計されていること、構造の多様性を用いて実に広範な機能を直接担う実働部隊であることから、生命科学研究の中心的な解析対象となってきました。タンパク質は長年、一分子あるいは複合体として持つ活性・機能が注目されてきましたが、2010年代からは液−液相分離に代表されるようなダイナミックな離合集散を繰り返す存在として再解釈されるようになり、分子集団として果たす役割の解明が一大トピックとなっています。一方、脂質は当初から分子集団として捉えられてはいたものの、安定な二重層膜の形成による境界の構築や、脂肪滴形成による栄養の貯蓄などが主な役割と考えられ、分子集団としての高次機能の研究は遅れていました。

しかしながら、タンパク質相分離の研究の進展に伴い、相分離と連動した脂質分子のダイナミックな集団挙動の存在とその重要性が報告されるようになってきました。例えば、オートファジーではATGタンパク質液滴が脂質膜と連携してオートファゴソーム形成を駆動し、ウイルス感染ではウイルスタンパク質が形成する液滴が脂質膜と連携してオルガネラ改変やウイルスエンベロープ膜の形成を引き起こします。すなわち、我々生命の主要な構成分子であるタンパク質および脂質は、分子種を超えた集団として行動し、それが高次生命現象を直接担っていると考えられます。これらの現象が起きる場は膜界面であり、細胞膜・オルガネラ膜とそれに接した細胞質/オルガネラ内腔/細胞外領域などが含まれます。本領域では、膜界面で見られるタンパク質と脂質という異種分子の集団挙動を"膜界面分子協奏"と定義します。膜界面分子協奏は、後述するように、オートファジーにおいて顕著であることがわかってきましたが、細胞の内外を問わない、実に多様な生命現象に関与する普遍的なメカニズムであることも分かり始めています。特に、細胞膜の20〜50倍もの広さの膜オルガネラが発達した真核細胞では、原核細胞と比べて圧倒的に広い膜界面が存在しており、多くの細胞内現象に膜界面が直接関与していると考えられます。しかし、従来の研究では、膜界面の重要性はごく一部の現象・分野においてしか着目されず、生命現象を支える普遍的な仕組みという視点からの研究は皆無でした。

そこで本領域では、オートファジーに関わる膜界面研究に取り組む研究者と、シナプス伝達、細胞接着、ウイルス感染など、多様な膜界面現象に取り組む研究者がタッグを組み、さらに物理理論、計算科学、構造生物学、光制御、ケミカルバイオロジーなどの先進の膜界面解析・制御手法を手掛ける研究者が技術の中核を担うことで、膜界面分子協奏の多彩な生理機能、さらには共通した作動原理を明らかにする"膜界面生物学"の創成を目指します。本領域で確立・発展させる"膜界面生物学"は、細胞生物学に新基軸を生み出し、世界の関連研究を強くけん引します。さらに、がん、てんかん、ウイルス感染など幅広い病態に直接的に関与することから、本研究で開発する膜界面現象の人為的制御法は、ヒトの健康増進や疾患予防のための医薬学応用の基盤になることが期待されます。